ロッコク・キッチン

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  • 決して、何かを強く主張するわけではない。怒りや悲しみを訴えかけるわけでもない。むしろ淡々と登場人物の声を拾い上げ、綴っていく。そこにあるのは、災渦の非日常ではなく、日々粛々と繰り広げられている私たち「ロッコクの民」の日常である。

    小松理虔

    地域活動家

  • 以前の映画もそうだけど、川内さんの作品を見ると、本でも映画でも、「よくそんなことを思いつくな~」「よく作品として完成するまで頑張るな~」と驚く。その発想力とあきらめない力にほれぼれしつつ、私はただ口を半開きにして見ているのだった。

    内田春菊

    漫画家

  • 浜通りで生きることを選んだ、出身地や職業、国籍が違う人たちの「今」を知ろうと川内監督が不躾に発する「昨日の夜、何食べました?」という遠慮も媚びもない率直な声。全くもって痺れるセリフである。

    ヤンヨンヒ

    映画監督

  • 自分ではない、誰かに思いをめぐらせること。それが、あたたかな灯し火になる。この映画に登場する優しき人々が、そう教えてくれました。私も、そんな風に生きたい。

    つじあやの

    ウクレレシンガーソングライター

  • 深くて、広くて、美しくて、やさしい映画。国道6号線を真ん中にして暮らしている浜通りの人々の、言葉が、笑いが、涙が、息づかいが、そして歳月と季節が映されている。時に静かでゆっくりと、時にはにぎやかで力強く、何かが確実に動き出していることを、紡ぎ出されるフィルムの光のなかで予感させてくれる。ひとつひとつの風景に立ちたくなる、暮らしているみんなに会いたくなる、そして一緒にごちそうを食べたくなる。震災から15年の春を迎えつつある今。エンドロールと未来を見つめて、福島で生きる……、と呟きたくなった。

    和合亮一

    詩人

  • 映画を見ながら、あの震災の日からしばらくして、食事も喉を通らない気持ちになったときのことを思い出していた。それと、レイモンド・カーヴァーの短篇小説『ささやかだけれど、役にたつこと』。生きていればいろいろあるけれど、それでも、まずは食べる。食べることが新たな日常の第一歩になるから。誰かに振る舞うのもいい。自分が作った料理を美味しそうに食べる人を見るのは小さな喜びだから。ところで、食事の場面でときどき器の数が多い気が……。さては監督たちも一緒に食べているな!(うらやましい!)

    小川直人

    山形国際ドキュメンタリー映画祭
    「ともにある Cinema with Us 2025」
    プログラム・コーディネーター

  • 自分のために作る料理は不味いけど、人のために作る料理は不思議と美味しいです。それは、相手を想う気持ちがそうさせるのかもしれません。そうです。人の笑顔が見たくて作るからです。人の笑顔が僕にとって一番「幸せ」だからです。笑顔は生きている「証」だからです。

    渡辺俊美

    ミュージシャン

  • 帰還できた人も、できなかった人も、移住をしてきた人も、「あなたがいま感じていることや、ここでつくりあげた日常はとても素敵ですよ」と肯定してくれているようで、ある意味、「赦し」や「救い」を感じさせる映画ではないかと思います。

    高橋洋充

    浪江町出身 / ホームムービー提供者

  • 奪われた日常や土地の記憶に思いを馳せながら、福島にゆかりのある町に根付き、つどい、料理を囲んで語り合う人たちの姿がなんとも愛しい。東日本大震災から十五年。言葉にできない複雑さをそのまま丁寧に掬い取ろうとする両監督の志が、ロッコクで生きる人々の心と響きあう。暗闇の中の小さな灯りのような、本当に尊い作品。作ってくれてありがとう、という気持ちでいっぱいだ。

    江口由美

    映画ライター

  • 2011年3月11日からしばらく、自分が何を食べていたのか、まったく思い出せない。無力さに打ちひしがれ、音楽も聴く気になれず、映画も観なかった。心を失い、食べ物の味も感じなかった。あれから長い時間が過ぎた。食べることは人をつくり、人をつなぎ、地域をつくる。映画の中で、土地に居場所を見つけ、楽しげにキッチンに立つ人々の姿を見て、心が少しずつ戻ってきていることを感じた。被災地を貫く「ロッコク」という道の、ポジティブな現在地を確認できて、嬉しくなりました。

    坂口修一郎

    (BE A GOOD NEIGHBOR Inc.)
    ミュージシャン / プロデューサー

  • 私がこれまでに観た震災を題材にした映画は、どれもずしんと心に重く響くものでした。でも『ロッコク・キッチン』は、クスッと笑えて、胸が温かくなって、ほろっと涙がでる。「行ってみたい」「食べてみたい」と心が動く。こんなふうに伝えることもできるのだと思いました。本作は「震災」にフォーカスするのではなく、「暮らし」を記録しています。一人ひとりの暮らしのなかに、喜びも悲しみも戸惑いも希望もあり、震災もある。私が「被災者」と捉えていた人たちの日常を教えてくれました。

    白石果林

    ライター

  • 例えば、ただ車で道を走る、食べる、そんな特別でも何でもないようなシーンに突然胸がぎゅっとなることがありました。 その場面を特に意識しない人もいれば、私もまた、誰かの大切な場面に無関心でいたのかもしれません。 でも同じものを観ながらそれぞれの違う暮らしを思う。静かに映し出される時間のなかにそっと入り込んでくる学びや発見もあり、観てよかったと思いました。 それにしても、ご飯を食べるっていいなあ。 また6号線をドライブしてメヒコに寄ってご飯を食べてアクアマリンふくしまに遊びに行きたい。

    Tamurapan

    シンガーソングライター

  • 劇場が虫の声で満たされた 映画の夜が劇場の暗闇と溶け合い彼方の裸電球が灯っている ロッコク通ってあそこに行こう 夜空の黒い星が輝いている

    番場秀一

    ミュージックビデオ監督

  • 私が映画『ラジオ下神白』を撮影していた頃に聞いていたような話や震えるような感情とはまた全く違う形で、「そこに今いる人たちの日常」のようなものが初めて映画にうつされたこと、そこを訪ねて行こうと思われたことにすごく感動しています。

    小森はるか

    映像作家

  • この映画は、キラキラしてるものとは違うもの、つまり、もう一回暗闇の中で自分たちの生き方を考えてみようよ、ということを描いたものですよね。僕は、この映画を2回見たんですが、総選挙が終わり、日本の空気が変わった中で見た時に、感じ方がガラッと変わったんですね。映画には人の善意やそれぞれの生き方を肯定するような対話が描かれているんだけど、2回目はそういう善意や価値観すらも「なに言ってんだよ」と全てを更地にするような、暴力的な空気が生まれてきたという危機感を強く感じながら見ました。だから僕は見た方がいいと思いますね、この映画を。見た人の中に、きっといろんなことに想像力を広げてくれる映画だと思います。

    金平茂紀

    ジャーナリスト

  • 「捨てたもんじゃない」って気持ちをシェアするためにこの映画は作られたと思うなぁ。力のある作品です。大きな映画館じゃないかもしれないけど、きっとずーっと上映が続いて、たくさんの人に届くことでしょう。

    えのきどいちろう

    コラムニスト

  • 我々マスメディアの人間は、原発事故で避難したまま戻れない人、逆に戻った人を取材するときは、その側面でばかり見てしまうところがあって、やっぱり厳しい生活をされている、大変な思いをされているっていう視点で取材して記事にする。でも、どんな人も一つの面だけで生きているわけじゃない。この映画はご飯の話から入り、厳しい部分だけをわざわざえぐるわけでもない、そういった意味でとても珍しくユニークな映画です。そのアプローチは、とても腑に落ちるところがあって、見終わったあと僕はとても嬉しくなりました。

    石飛徳樹

    映画評論家 / 元朝日新聞記者

  • 面白かった〜〜〜!東日本大震災と福島第一原子力発電所の事故から15年。福島の浜通りを題材とした映画を「面白い」と思えたことが、やはり面白い。ああ、人と出会えた映画だったなー!と。震災直後、自分でさえ「行かない方がいい」なんて言われた福島浜通り、いや、東日本の地。でも自分は「東北に通ったこその自分」としか思えず、もし「わたしはまだ行けてない」と思うような方がいたら、15年経つ今からでも行ってみたらいいよ、と思うのです。が、その前にぜひこの映画を観れたらいいねっ!

    小池アミイゴ

    イラストレーター、画家

  • 震災に関してはジャーナリスティックな視点で色々な報道はされてきているんだけれど、この映画はそういうところではない部分、ただ刻一刻と過ぎ去っていく時間をきちんと見つめて、すくい上げているんだなと感じました。何かを強調するわけでもなく、こういう取材の仕方や、関わり方があるんだな、と思いながら見させていただきました。

    石川直樹

    写真家

  • 書籍「ロッコク・キッチン」から3名がメインで描かれた映画。固有の名前や顔や人生を持つ唯一無二の3人。そして唯一無二な食事たち。電気コンロを使って淹れたチャイやカレーの匂いが染み込み出したばかりの壁紙を持つアパート。眠っていた元鉄工所や使用していなかったかつてそこに住んでいた人々の生活が垣間見れる家屋。祖母の土地に置かれた星々の瞬きと会話出来る屋根のないビニールハウス。全ては現在のリアルなロッコク沿いの建物だ。この映画は、ロッコク・キッチンでもあり、ロッコク・ハウスでもあった。

    ヴィヴィアン佐藤

    ドラァグクイーン、アーティスト